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親子を裂き、無国籍と二重国籍を生む戸籍法の欠陥 --- 北村 隆司

アゴラ 10/14(金) 17:06配信

普段は余り関心を呼ばない国籍問題が、蓮舫代表二重国籍問題の炎上で関心が高まったことは喜ばしい事です。

既に多くの識者が論じている蓮舫代表問題は脇に置くとして、本稿では「戸籍」「国籍」等の地味な問題に触れたいと思います。

話題の国籍法ですが、日本では国籍を持つ人が戸籍に載るのではなく、戸籍に記載されている人が日本国籍を持つと言う「戸籍本位制」を採用している世界唯一の国です。

例えば、外国官庁に日本国民である事を証明して保護を依頼する唯一の公文書である旅券の取得には戸籍謄本(又は抄本)が必要の様に、国籍証明の原簿は戸籍です。

全文二十条と言う簡単な国籍法は、その第一条で法の目的を「日本国民たる要件は、この法律の定めるところによる」と規定していますが、これは正確ではありません。

実際は、九章、百三十八条からなる膨大な戸籍法の要件と120年も前に制定された民法の関連事項を満たさないと日本国民たる資格を持てません。

戸と呼ばれる家族集団単位で国民を登録する戸籍を、個人の身分を証明する旅券の原簿にするのは全く理屈に合いませんが、有効期間が2ヶ月しかない戸籍謄本(抄本)を入手するには、現在の住所である市町村の役所での手続きをせねばならず、本籍が現在の居住地から遠い場合は委任状が必要となる等、国民にとっても迷惑至極な制度です。

この戸籍本位制の国籍制度が日本の特徴であり、大欠点です。

戸籍法は又、無実の国民に大きな不幸を招いてきました。

拙稿「素人目線(1)日本の法制度には安定性など存在しない」(http://agora-web.jp/archives/1650081.html)でも触れましたが、広島カープの生んだ不世出の名選手で国民栄誉賞を受賞した 衣笠祥雄氏は、母親は日本人でも生後間もなく連絡の取れなくなった父親が米国人であったため、「父系優先血統主義」の「戸籍法」が障害となり、母方の祖父母と養子縁組をしてやっと戸籍に記載され日本国籍を取得した経緯があります。

衣笠氏が、法律で強制されたこの虚偽記載を受け入れる以外に残された選択は「無国籍」と言う無慈悲なものでした。

小中学校に在学していた頃の衣笠氏は、戸籍上は義理の姉にすぎない実の母を保護者として学校に迎える事は出来ず、実の祖父母が養祖父母として保護者になると言う悲しい体験を強いられましたが、行政はどう考えるのでしょうか?

衣笠氏が、実母を名実ともに「母親」と呼べるようになったのは、外圧のお陰で父系優先血統主義が廃止された1984年、と言う事は衣笠氏が61才を迎えてからです。

戸籍を国籍の原簿とする合理性に欠けるこの制度は、世の中の変化にもついて行けずガラパゴス化が進んでいることは先の投稿で触れた通りですが、個人情報保護の機運が強まる中で、他人の戸籍謄本等を不正に取得する事件や勝手にうその婚姻届や養子縁組届を提出する事件が頻発した結果、法務省はこの制度の瑕疵は棚に挙げて「誰でも戸籍謄本等の交付請求ができる」という従来の戸籍の公開原則を改め、戸籍届出の際の本人確認などを法律上のルールにするなど、法律の瑕疵による不都合のしわ寄せを国民に押しつける選択をしました。

これは、国民の利便性を無視した行政のご都合本位の改悪以外の何物でもありません。

池田先生も書かれておられる様に「戸籍制度も国籍制度も時代遅れ。制度を変えて行政の裁量を減らすべき」です。

その戸籍法が原因で起きた他の悲劇の代表例には、1896年制定の法律第89号772条の戸籍上の扱い、所謂「離婚後300日問題」があります。

これは、この法律が強制する「嫡出推定」と言う虚偽行為を拒否したために戸籍上の手続きが出来ず、無戸籍(無国籍)の子供が生すると言う日本固有の悲劇です。

この問題は家族法制度の問題ではなく、明らかに戸籍制度の問題で、親の都合による無国籍のペナルティが出生児に課せられる極めて不合理な制度設計となっています。

この法律は2015年12月の「女性の再婚禁止期間『100日超』は違憲とする最高裁判決 で、300日から100日に短縮される改善が施されましたが、この法律の一部改正に119年を要した裏には、日本の稚拙な立法政策と行政の怠慢があった事は間違いないでしょう。

その間、世界では国連を中心に無国籍者を無くす努力が払われて来ましたが、日本には国内法に「無国籍者」の定義も無国籍者としての地位を認定する制度も存在しない事から、無国籍条約と日本の国内法の考えに矛盾が生じ、無国籍に関する二つの国際条約(1954 年の「無国籍者の地位に関する条約」と1961 年の「無国籍の削減に関する条約」)のいずれにも加入していないだけでなく、先述の通り手続き上の問題で法の隙間に落ちて無国籍となる日本人が続出して来たと言うのが実情です。

日本と対照的なのは、日本と同様に二重国籍を認めて来なかったフィンランドは、2003年6月1日から二重国籍を認めるだけでなく、フィンランド国籍を離脱する者は、他国の国籍を保有している証明の提出を義務つける法的処置をとって、無国籍者の発生を防止する姿勢を見せるなど、日本の立法政策との違いが際立ちます。

今日でも100万人を超える外国人が長期滞在する日本ですが、今後は長期滞在外国人は益々増加する傾向にあり、その結果として諸外国同様に日本国内での国籍確認が日常的に行われる時代が来ることは間違いありません。

その場合、外国人は在留証明の常時携帯を求められていますので問題ないとして、日本人が日本人である事を証明する事は極めて困難です。

と言うのは、日本人である事を証明するには戸籍か旅券の提示が必要となりますが、国内で旅券を常時携帯することは考え難く、ましてや2ヶ月しか有効期間がなく写真も添付されていない本人確認には不向きの戸籍謄本(抄本)を面倒な手続きをしてまで取り寄せ、常時携帯する等とは想像も出来ないからです。

この様な事を考えると、先進諸外国同様に、早急に国籍を証明する公文書は国民各自が所持できる制度に改めるべきで、国籍は国家の所有物ではなく国民各自のものだと言う意識が行政に欠けているのも問題です。

この様に、多重国籍は認めないが、法制度の隙間が多く、二重国籍や無国籍者を生み出す日本の国籍法制の矛盾は早急に解決する必要があります。

合理性と一貫性に欠ける法制度の硬直性が齎す運用面での矛盾や曖昧さを『阿吽の呼吸』をベースに裁量で解決したがる癖のある日本のお役人は、処置を誤ると「想定外」で片付けてきましたが、裁量権の乱発は外から見ると「人治主義」「権力国家」に映る危険があります。

そこで次回は「ご都合主義(人治主義)の「国籍法運用」の問題点について実例を挙げながら論じて見たいと思います。

北村 隆司

最終更新:10/14(金) 17:06

アゴラ

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