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松下幸之助が繰り返した「先憂後楽」の重要性

東洋経済オンライン 10/14(金) 9:00配信

江口克彦氏の『経営秘伝――ある経営者から聞いた言葉』。松下幸之助の語り口そのままに軽妙な大阪弁で経営の奥義について語った著書で、1992年の刊行後、20万部を売り上げるヒットになった。本連載は、この『経営秘伝』に加筆をしたもの。「経営の神様」が問わず語りに語るキーワードは、多くのビジネスパーソンにとって参考になるに違いない。

■静寂のなかに、ひとつの動き

 この庭を見ておると、右側の、あそこな、流れに岩で段差をつけたところ、小さな滝のようになっているところな、あそこだけやな、動きのあるところは。ほかは全体どこにも動きがない。いろいろな木があって、池の水面があって、という趣(おもむき)であるけれど、動きはほとんどないな。全体としての動きのない景色のなかで、ただ一点、あそこだけ激しく動いている。これがええと思うな。

 まあ、昔、利休さんのお茶室の庭に朝顔がたくさん咲いた。その評判を聞いた太閤さんが、わしも見たいということで、出かけたけれど、どこにもない。利休さんは太閤さんが来る前に庭の朝顔を全部刈り取ってしまった。「利休はけしからんやつだ」と立腹しながら、お茶室に入ると、そこの床の間に一輪朝顔が生けてあったそうや。それがお茶の華というか、わび、さびというか、そういうもんらしい。わしにはようわからんけどな。以前、そういう話を聞いたことがある。そうだとするならば、あの、水が流れ落ちているところは、朝顔やな。静寂のなかに、ひとつの動き。

 どや、ええやろ。あれも以前はなかったものや。あれを作るとき、いろいろ工夫して、こちらからでも見える。けど、あんまりわざとらしくならん角度で、こちらから見ることができる。そのために、庭師さんにずいぶんと無理を頼んで、何回も何回もやり直して、あれを造ったんや。なあ、なかなかええやろ。うん。

日本人は働きすぎだと言われたが

 そうそう、こないだな、きみも知っておる、ある若手の経営者の人が話にきたんやけどな。その人がえらい熱心に、日本人は働きすぎる。いままではよかったけれど、これからもあんまり働いておると、世界中から批判されるようになるから、これからは、できるだけ遊ぶように心掛けるべきだ。あんたもそうせんとあきませんよ、と言うんや。

 それで趣味はなんですか、と聞く。趣味といっても、わしにはこれと言ってないわな。仕方ないから、趣味は仕事ですな。ハハハ。そう答えたんやけど、そうしたらその人が、人間は人生を楽しむために生まれてきたんやから、そしてそのために仕事をやっておるんだから、仕事ばかりということはいけませんと、そんなことを話して帰っていったわ。

■まず働くことの大切さを、やはり考えておかんといかん

 そういう考え方にも一理あるな。人間として生まれて働きづくめで、というのは確かに寂しいということだわね。けど、だからといって、遊ぶことが大事で、働くことが二の次だということは、これはどんなもんやろうかな。働かずして、なお遊べということを、その人も言っておるわけではないんやろうけど、まず働くことの大切さを、やはり考えておかんといかんな。働くことが先でないと、きみ、遊ぶこともできんやないか。

 働いて、そして蓄えて、それで遊ぶと。たしかに日本経済は全体からすれば、他国と比較して豊かになった。けど、それは、戦後国民の人たちが粒々(りゅうりゅう)辛苦(しんく)、働いたからであって、そういうことがなかったら、その人が言う、いま遊ぶことが大事だということも言えんわけや。

 ところがいかにも遊ぶことばかり考えて、知識だけで、努力もせず、汗も流さず、それが今日、求められている方向であるとか、風潮であるとか、まあ、そういう経営者の人でさえ言うのは、好ましいことではないな。いくら遊んだり楽しんだりすることが大事だということはええけど、それ以上に働くことの意義とか大切さとか、そういうことを言わんといかんな。そうしたうえで遊びも大事だというのは必要だと思うが、ただこれからは遊ぶことが大事だとだけいうような、そういう話し方はよくないな。そんなことを言っておると、日本が滅びてしまうわ。

 心配なのは、こういうことを、世の指導者の人たちが言うことによって、若い人たちにどんな影響を与えるかということや。世の中、これからは遊ばんといかん、余暇を楽しまんといかん、遊び場所を作らんといかんと大騒ぎしとるようだが、そんな流行に流されて、そう言っておかんと時代の先端をいっておるとは思われんからとか、いまそう言うほうが大勢の人たちから歓迎されるからとか、そういう考え方で、もし経営者たる人が話をしておるとすれば、ほんとうの指導者とは言えんと、わしは思うな。そんなことを、ほんまに自分の会社の人たちに言っておるのかどうか。評論家の先生が言うのはいい。それもひとつの考えやからね。しかしそういうことを言う先生は、あまり世の中のためにはならんな。

 働くということは、自分のためでもあるけれど、多くの人のためでもあるわね。自分の働きによって、世の中の発展に貢献しとるわけや。結果的には社会のことを考えているということになる。遊ぶということは、あるいは趣味ということは、自分だけのことやね。自分中心ということになる。たしかに趣味の仲間ができます、あるいは遊びの友だちができますということもあるけど、あくまでもそれは個人的であるわけや。

 この世の中、そういうように、みんなが自分中心になっていくとすれば、いったい誰が全体のことを考えるということになるんやろう。それでなくとも今日でさえ、そういう風潮があるわな。その傾向がますます強くなるようなことは言わんほうがええわ。全体を考えるのは、それは政治家が考えればいいということになるのかもしれんが、そういうことで民主主義とは言えんやろ。

 遊ぶのが大事だと言うのはええけどな、それと同時に、いやそれ以上に働くことの大切さを説かんといかんわけや。そのうえで、生産性をあげて、効率よく仕事をする、勤務時間を短くして、休みを多くするとか、あるいはその過ごし方を工夫するのはいいけどな、それは働くことの大切さを十分に話したあとや。

江口 克彦

最終更新:10/14(金) 9:00

東洋経済オンライン

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