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ハイリスク・ハイリターンの金融商品は「珍味」。大量に食べちゃダメ

NIKKEI STYLE 10/15(土) 7:47配信

 塩辛にあん肝、カラスミといった味の濃い珍味。お酒にもよく合いますし、ちびちび食べるとおいしいですよね。ところが、塩辛だけを大量に口の中にかき込んだとしたら、しょっぱくてその魅力を感じられないかもしれません。お金の世界でも、その「量」が判断の要になることがあります。

■振れ幅の広さ=リスク

 資産運用の際、選ぶ金融商品にはリスクの大きいものと小さいものがあります。リスクというと、「危険」や「損をすること」を想像しやすいかもしれませんが、資産運用の世界においては「価格の振れ幅」のことを指すのが一般的です。
 高い利益(リターン)を期待できる商品は同じくらい損をする可能性も高く、損したり得したりする程度の幅が大きいことを「リスクが高い」といいます。
 リスクが高い金融商品は珍味に似ています。単体で大量に食べると刺激が強すぎますが、淡泊な白いご飯と一緒に適度な量をバランス良く食べればおいしく感じられます。どのぐらいの量を「適度」と感じるのか、人によって異なる点も共通しています。リスクの高い金融商品を選ぶ際には、珍味と白いご飯の関係のように、その「量」を意識することがポイントになってきます。
 リスクの高い金融商品であっても、自分が購入した金額によって資産が増減する範囲をコントロールできます。例えば、1万円分の金融商品を購入した場合、レバレッジをかけていなければ、その1万円が増えるか減るかの範囲にリスクは限定されます。1万円しか投じていないのに10万円損してしまう、ということは通常はありません。
 こう考えると、リスクが高い金融商品が一概に怖いものではないとわかります。その商品が持っているリスクを知らず、想定以上の金額を購入してしまうことは避けたいですが、「リスクが高い金融商品は少額だけ購入し、その他の運用資産はリスクの低い金融商品で保有する」という基本ルールを守っていれば、安全に付き合うことができます。

■珍味は必要不可欠ではない

 リスクの低い預貯金などを「白いご飯」に見立てると、白いご飯をどのくらい一緒に食べるかによって、適度に感じる珍味の量も変わってくると考えるとイメージしやすいでしょう。白いご飯を一口しか食べないのに、塩辛をワンパック丸ごと食べたとしたら、多くの人にとっては塩辛の量が多すぎだと感じるはずです。
 「貯蓄から投資へ」「セカンドライフ資金は自己責任で準備」というフレーズを耳にすると、「早く何か資産運用をしないと……」と焦るかもしれません。しかし、まずは預貯金をある程度準備して環境を整え、全体のバランスを見ながら少しずつリスク資産を組み込んでいく方が、精神的には落ち着けるはずです。
 白いご飯やからあげ、サラダといった身体を構成するための食材を優先的にとり、珍味は食生活のオマケとして適度に加えていくという考え方に似ていますね。
 例えば、生活費の4カ月~半年分程度は預貯金で準備して、それ以外にこれから積み立てていくお金については一部、低リスクの商品を組み込んでみるといった選択なら、負担はそれほどないでしょう。自分は投資をまったくしていないと焦る必要はありません。まずは毎月の家計の収支を黒字にし、貯蓄ができるようになってから、徐々に投資を取り入れていくのでも大丈夫です。さらにリスクの高い投資商品(珍味レベル)については、全員がやらなければいけないものではありません。
 味の濃い(リスクの高い)珍味のような金融商品でも、食べる量(購入する金額)によって、自分である程度のリスクがコントロールできること、珍味の前にごはん(預貯金)などをしっかり食べる必要があることがわかっていれば、自分がまず何をすべきなのか判断しやすくなります。
風呂内 亜矢(ふろうち・あや) 1級ファイナンシャル・プランニング技能士、CFP認定者、宅地建物取引士。26歳でマンションを購入したことをきっかけにお金の勉強を始める。2013年ファイナンシャルプランナーとして独立。著書に『その節約はキケンです―お金が貯まる人はなぜ家計簿をつけないのか―(祥伝社)』『デキる女は「抜け目」ない(あさ出版、9月刊行予定)』などがある。管理栄養士の資格も持つ。公式サイトhttp://www.furouchi.com/

最終更新:10/15(土) 7:47

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