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語り部の天才が、普通の人たちの輝きを繊細に描いた珠玉の物語 『ロベルトからの手紙』 (内田洋子 著)

本の話WEB 10/15(土) 12:00配信

 まず目を引かれるのがカバーの木彫だ。この羽が生えた足は新進気鋭の作家田島亨央己氏の作品で、荒削りな彫り痕と足先だけで立つ危うげなバランスが印象的だ。作品は、内田洋子さんが偶然入った展覧会で一目惚れした作家に、神の伝令ヘルメスの足を特注したものだという。「13の足音を詰めた小箱の蓋にしたい」と作家に懇願しただけあって、小箱の中にある13の物語と絶妙な調和を醸し出している。

『ジーノの家』で主要なエッセイ賞を総なめにした内田洋子さんは、変幻自在なテーマのもと次々に物語を繰り出す天才語り部だ。今までも、彼女が得意とする料理から、旅、ペット、男女の恋に至るまで、多岐にわたるモチーフを自在に扱いながら普段着のイタリアを見せてくれた。エッセイというジャンルに入れられているが、彼女が書くものは決して単なる身辺雑記ではない。反対に、自身は感情を抑えた黒子に徹することで珠玉の物語を紡ぎ出していく。物語には塩野七生さんが描く英雄や権力者も出てこないし、須賀敦子さんが描く「ご飯ちゃんと食べてるかしら」と心配するような人も出てこない。誰もが毎日きちんとご飯を食べながら、泣き、笑い、懸命に生きている普通の人たちだ。

 彼女が今回の書き下ろし作品のテーマに選んだのが足。靴、足もと、歩みなど足にまつわる話を彼女らしい上質な描写で綴っていく。すべて彼女自身が見聞きした体験に基づく話で、抜群の記憶力に培われたジャーナリストらしい視点が生きている。

 たとえば「二十分の人生」では、足の悪い老女に頼まれ広い道路の向こう側までエスコートする間に彼女が語った83年の人生が見事に再生されている。こちらから質問しないで向こうから語らせる――彼女独自の取材手法もかいま見える。

「赤い靴下」では、愛し合った二人が互いにかたくなになり、冷え切った関係になっていく経緯を、歴史の変遷についていけない夫の「赤い靴下」に語らせていて切ない。

「曲がった指」には、今までも深い愛情とともに語られた魅力的な女性ニニが再登場する。今は数少なくなった自分の身の程を知る女性ニニ。彼女がハイヒールを脱いで見せた足は、指が内側に大きく曲がって重なり醜く変形していた。我慢に我慢を重ねた辛かった半生が足に凝縮されているようで胸が詰まる。

「紐と踵」では、『ジーノの家』でも読む人を圧倒したあの古い帆船が再び出てくるのだが、船上生活が彼女の筆力で新鮮に蘇り飽きることがない。永遠に進化し続ける彼女の表現力に舌を巻く。ここでは、彼女が船を降りて町の商店街で靴を買おうとするが、くたびれた足元を見られひどく屈辱的な扱いを受ける。彼女らしく「情けなさがこみあげて口もきけず」と淡々と流しているが、その胸中は察するに余りある。おもしろいのは友人夫妻がその店主に痛快な意趣返しに行ってくれること。イタリア人の男気と、異国でそんな友人を持っている彼女の人間的魅力が見えてくる。

 人と初めて会うときまず足を見るという彼女にとって、足は、その人となりを想像する要の観察点らしい。だが、イタリア人が裸足の足を見せるのはベッドの中だけ。新幹線で簡単に靴を脱ぐなんて決してしないイタリア人にとって、足はかなり内輪かつ内面的なパーツなのである。イタリアで足を見せることは、心を許していることでもあるのだ。

 作者渾身のあとがきがまた素晴らしい。彼女の生き様のみならず、38年もイタリアで生きてきた存在理由までもが行間から鮮やかに浮かび上がってくる。

 再び表紙に戻り、気負いのないシンプルな木彫は80~100種類もの鑿を使い分けて彫ったものだという。彼女の物語とよく似ている。何十種類もの表現法を微妙に重ね、組み合わせて立体に仕上げていく。同じ人の物語も切り口を変えることで万華鏡の如くその色合いを変えていく。彼女の書くものもまた、「哀しいほどに美しい」。

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最終更新:10/15(土) 12:00

本の話WEB

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。