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多形構造社会に向けて-ポリモルフィック・プレイスの時代―

オルタナ 10/15(土) 14:06配信

東京タワーの正式名称をご存じだろうか。正式名称は日本(にっぽん)電波塔。1958年のクリスマスイブの前日に竣工し、翌年の1月10日からテレビ放送が始まる。1964年の東京オリンピック開催に向け、1960年にはカラーテレビ放送も始まった。連夜のイルミネーションは1965年のクリスマスイブからであり、東京のシンボルは、この時期に装いを調えた。(オルタナS副編集長=池田 真隆)

東京タワーのイルミネーションは、今も連夜点灯しているが、家でテレビを楽しむ時代から、電車の中でもスマホを見る時代に変貌している。

これがわずか半世紀の間の変化だ。若い夫婦が日本の経済成長を支える国から、少子高齢化の国へと変わり、空き地や空き家の問題もこれから深刻だ。東京だけではない。地方では過疎化が深刻化している。

都市も地方も創成が求められている。トモダチだけではなく、ゲームのようなアプリケーションまで自在につなぐインターネットを手に入れた社会。その次の社会をどのように構築するかは私たちの創造性にかかっている。

前回の第一弾(「多形構造社会」 ポリモルフィック・ネットワーキングの時代)では、インターネットの「次の仕組み」が作る近未来、「多形構造社会」について紹介した。ポリモルフィック(多形構造の)ネットワーキングにより、多元的な価値が交換され、蓄積され、エシカルなコミュニティを支える仕組みを手に入れることもできるようになる社会の話だ。

第二弾のテーマは、多形構造化する都市や地方の未来、ポリモルフィック・プレイスについて取り上げる。筆者は、松永統行氏(国際社会経済研究所)と三井不動産 S&E総合研究所の山本 淳一氏のもとを訪れた。山本氏は、都市・街づくりに従事しており、『スマートハウスとパッシブハウス』の著者でもある。また、港湾・河川の水辺の開発にも精通している。

■都市・街づくりは脳の産物

池田:今回は、都市や街づくりがテーマですね。

松永:このシリーズの第一弾は、知能化した情報プラットフォームの未来についての話から始まりましたが、このような情報技術が都市や街づくりに大きく影響する社会になることは、池田さんたち、スマーフォン世代の方々には違和感がないのではないかと思います。

都市や街は、「生き物」とよく言われます。また、「脳の産物」とも言われることもあります。実は、都市は、ポリモルフィック(多形構造)という概念を議論するのにピッタリなテーマです。山本さんは、都市づくり、街づくりの専門家です。今回は、「次の都市や街づくり」を考えるために、山本さんと1964年の東京オリンピックの頃から今日まで広げてみることができればと思います。

山本:都市が脳の産物という点では、東京は、手塚治虫が鉄腕アトムで描いた未来都市のイメージをそのまま実現してきた都市とも言えます。中央に高層ビルがあり、その間を高速道路が行き交います。

松永:この時期の東京には、当然のことながら今のような社会インフラは何もなく、高層ビルの都市は未来図だったということですね。

山本:首都高速道路の最初の路線は、京橋 から芝浦までの45キロで、前回の東京オリンピックの2年前、1962年の年末に開通しました。日本で初めての高層ビルディング、霞が関ビルディングを建設したのはこの後で、1965年に起工し、1968年に開業しました。東京港が国際港としてコンテナターミナルを運用し始めたのは1967年で、品川埠頭から始まりました。大きな船の往来のためには、深い港が必要になり、日本の産業を支える海の物流網の整備が、東京を中心に始まった時代です。

池田:高速道路や高層ビルのない東京を想像するのはむずかしいですね。大きな船の絵を描いてと言われれば、コンテナを積んだ船の絵を皆が描くと思いますが、この時期まで、日本人は巨大な船も見たこともなかったのですね。

山本:ジェット機が生まれたのも60年代で、成田国際空港の建設が始まったのは1966年、先行して羽田国際空港にジャンボジェット機が乗り入れたのは1970年です。昭和30年代から40年代生まれの子供たちは、見るもの見るもの新しく、漫画の中にあった都市が目の前に現れてくる刺激的な幼少期を過ごしたのではないかと思います。

松永:都市の人工物が、次々に登場した様子がよくわかります。「大きいことはいいことだ」というチョコレートのCMソングが流行したのも60年代後半ですので、そんな雰囲気に包まれた時代ですね。また、このような巨大な構造物とメディアの拡大が近代を象徴していたのではないかと思います。

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最終更新:10/18(火) 13:29

オルタナ

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