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【浦和】「思ったより、重たかった」主将・阿部が優勝カップを掲げた心境は?

SOCCER DIGEST Web 10/15(土) 20:07配信

「ホッとはしていない。たぶん、大勢の方であり、僕らも望んでいたのは、また違った形での優勝だった。まだまだです」

[ルヴァン杯決勝] G大阪1(4PK5)1 浦和/10月15日/埼玉スタジアム2002 

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 輝くルヴァンカップが、キャプテン阿部勇樹の両手によって掲げられた。浦和にとって06年のリーグ優勝以来、実に10年ぶりの国内タイトル獲得。ただ、阿部は「まだまだ。さらに強くなりたい」と抱負を語った。


 
 優勝決定の瞬間、阿部は満員で埋まったゴール裏を向いて歓喜した。
 
「2007年に移籍して来てから、一度も(国内)タイトルを獲得できずにいて、(サポーターに)悔しい想いをさせてきた。それから、また一緒にやりたいと思って(イングランドから)帰ってきて。いろんな方が待っていたから、ゴール裏を向いて、一緒に喜びたかった」
 
 頂点に立ったあとの場内一周。そこで特別な想いを抱いたという。
 
「『優勝』と言って、なかなか結果が出なくて、時にはぶつかることもあるけれども、笑顔で一周できて、一緒に進めているなと感じた瞬間だった。

 これからのレッズを考えた時、タイトルは一緒に進んでいくうえで必要だった。笑顔で終われて良かったです」
 
 また浦和のユニホームを着ることと、キャプテンマークを着けることに、阿部は重圧を受けてきたことを認めた。

「レッズに来てからずっとプレッシャーを受けてきた。プレッシャーを感じるのは、しょっちゅう。そういうプレッシャーを個人として乗り越えられれば、強くなれると思ってきたから」

 そのなかでの今回の国内主要タイトルの獲得。サポーターにひとつ「結果」を示せて、安堵できたのでは? そう質問された阿部はすぐ否定した。
 
「別にホッとはしていないです。たぶん、大勢の方であり、僕らも望んでいたのは、また違った形での優勝だったと思う。まだまだです」
 
 決して満足はしていない。すでに自分自身にプレッシャーをかけるように、あくまでさらなる高みへ向かうための準備であるようであった。

 また、肋骨骨折の影響は、「大丈夫です。(肋骨のリベンジはできた?)そうですね。ちょっとね」と語った。メインスタンドでの優勝カップの授与シーン。そこでチームメイト全員とカップを掲げたが、阿部によると「持ち上げる時、ぎぎっと来た(笑)。思ったより重かった」そうだ。
 
  そして阿部は「まだまだ」と繰り返した。
 
「でもまだまだ。やるべきことはある。これからも進んでいきたい」
 
 さらに自らに言い聞かせるように言った。
 

「この雰囲気をもう一度、掴めるかどうかは自分たち次第」。つまり――CS決勝の第2戦を見据える。

「良い時のあとは、また気を付けないといけない。自分たち次第。さらに強くなりたいと思ったら、さらに強くなれる」
 
 ペトロヴィッチ監督の下、5年連続キャプテンを務めてきた。阿部は「この雰囲気をもう一度、掴めるかどうかは自分たち次第」と語った。

 すなわち――リーグ戦の年間1位になれば、チャンピオンシップ決勝の第2戦、ホームの埼玉スタジアムでの開催権を得られる。その1か月半先の「目標」を見据えていた。
 
取材・文:塚越 始(サッカーダイジェスト編集部)
 

最終更新:10/17(月) 8:41

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