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【月報・青学陸上部】エースの目にも涙。 4年生の快走で出雲を制す

webスポルティーバ 10/16(日) 15:58配信

極私的! 月報・青学陸上部 第13回

■出雲駅伝回顧・後編


 出雲駅伝は3区を終わって首位東海大、2位は青学だった。
 
 4区スタート地点、エース級の下田裕太(3年)がなかなかやってこない。茂木亮太(4年)は「おかしいな」と思っていたという。

目標のマラソン決定で練習計画も完成した馬場ふみかさん

「下田はずっと調子がよかったんで、とんとんで来るか、離れてもラストスパートぐらいの差かなって思っていたんです。でも、予定より少し離れてしまった。ただ、個人的には焦りはなく、できるだけ差を詰めて安藤(悠哉・4年)にいい形でつなげたいと思っていました」
 
 茂木は追い風の中、スピードをグングン上げた。もともとスピードに定評がある選手で 長距離以上に中距離が得意。駅伝は1年の時、5区を走った全日本大学駅伝以来だ。ここまで駅伝に絡んでこられなかったのは毎年、夏前に故障し、夏合宿に参加することができなかったからだ。だが、ケアに時間をかけ、細心の注意を払うようになると、今年は春を乗り切り、夏季合宿もすべてのメニューをこなした。「天才肌」と原監督に称されるスピードに磨きがかかり、駅伝復活を果たした。

「監督は、たぶん僕と安藤のところを心配していたと思います。駅伝が1年の時以来でしたし、単独で走れるのかというのもあったと思うんで。ただ、僕自身は単独で走ることに不安とかはなかったですし、余裕をもって走ろうと思っていました」

 3年間雌伏の時を過ごしたパワーが4区での走りで爆発した。徐々に東海大・川端千都(かずと・3年)との差を詰め、3kmで23秒差あったタイム差を13秒まで縮めた。東海大を完全に視界にとらえたが、そこからなかなか差が詰まらない。残り2kmの時点で茂木自身もかなりキツくなっていた。


「(前を行く)東海大との差は気になりましたが、自分が一番気になっていたのは(後ろの)山梨との差でした。一色(恭志・4年)のところ(6区)までに最低40秒は離そうという話をチームのみんなとしていたんです。ただ、自分のところで差が縮んでいるのか、広がっているのか、よくわからなかった。ゴールした後、縮まっていなかったのを聞いて安心しました」
 
 2位でフィニッシュした茂木だが、東海大の差が縮まり、山梨学院大との差は44秒に開いた。3区で悪い方に傾き始めた流れを茂木が取り戻したのである。

 5区、安藤キャプテンは落ち着いて茂木を待っていた。

「本来、走るべき梶谷がケガをしてしまい、僕に順番が回ってきたと思うんです。梶谷からは『頑張ってください』と言われたし、『男を見せないと』と思いました。個人的には夏合宿にしっかり練習ができて調子がよかったですし、精神的にもいい状態でスタートラインに立てました。ただ、11秒差は正直、結構遠いなって思いました」

 襷を受けた安藤は、起伏のある直線コースをグイグイ走り、2.7km地点で首位の東海 大・三上嵩に3秒差まで詰めた。ここからふたりの心理戦ともいうべき駆け引きが始まった。安藤が少し前に出ると三上は離れずについていく。6km地点では三上がスパートするが安藤は襷を外し、握り締めて前に出た。抜きつ抜かれつで、出雲駅伝の歴史に残るデッドヒートを演じたのだ。

「後半、東海大との差が詰まってからなかなか抜けなかった。相手も粘っていたし、自分もキツかった。最後、相手よりも少し前に出た時に襷を外しました。襷を握ると力が出るかなって思ったからです。残り300mぐらい で一色の姿が見えて『よしっ』と思ったし、襷を握ったおかげで腕が振れた。最後の力を振り絞って走ることができました」
 
 安藤と三上は最後まで競り合った。

「こいっ!」

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最終更新:10/17(月) 14:09

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