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『ようこそ、映画館へ』 ポストモダンの巨匠、まずは抱腹絶倒の一篇から

Book Bang 10/17(月) 8:00配信

「こんなのミステリーじゃない」と言われた『ジェラルドのパーティ』。「こんなのノワール小説じゃない」と言われた『ノワール』。ジャンル小説の愛読者から非難される作品を発表してしまうのが、アメリカのポストモダン文学を代表する作家の一人、ロバート・クーヴァーなのだけれど、そりゃそうですよ、書こうとしたのは、旧態依然としたミステリーやノワール小説じゃないもの。

 コローディの原作よりもディズニー版のほうが流布している名作を扱った『老ピノッキオ、ヴェネツィアに帰る』や、ヴィクトリア朝ポルノ小説のスタイルを借りた『女中(メイド)の臀(おいど)』で、既成の作品やジャンル小説の特徴を活かしながらも、それらにおける約束事を微妙にはずしたり、派手に粉砕してみせる。自作の野球ゲームという虚構が、主人公の現実を凌駕していくさまを描いた『ユニヴァーサル野球協会』がそのまま、野球というスポーツが内包する、歴史が浅いアメリカにとっての神話装置としての役割をあらわにしていく。

 パロディ、パスティーシュ、メタファー、ミザナビーム(小説内小説のような入れ子式の書法)。クーヴァーは、そうしたテクニックを駆使することで、一定の評価から先、検討もされなくなった過去の有名作品や、自ら課したルールによって硬直化したジャンルに新たな光をあて、再構築する名人なのである。

 十二本の短篇を映画館のプログラムに見立てて並べた『ようこそ、映画館へ』も、そう。映写技師が、これまで自分が上映してきた作品世界の中に次から次へと放り込まれ、オペラ座の怪人よろしく映画館の虜囚になってしまう「名画座の怪人」、ゲーリー・クーパー主演『真昼の決闘』をコメディ化した「ジェントリーズ・ジャンクションの決闘」、喜劇王をホラー映画の主人公にしてしまった「ルー屋敷のチャップリン」、フレッド・アステアで知られるミュージカル『トップ・ハット』をミニマリズム式に変奏してみせた「シルクハット」などなど。

 でも、真っ先に読んでいただきたいのは「休憩時間」だ。幕間の休憩でロビーに出た若い女性が、イケメンに誘われて外に出るや――。以降、「なぜか滝を落ち」「なぜか海でサメに囲まれ」「なぜかジャングルで戦闘に巻き込まれ」「なぜか砂漠で」(以下略)という一気呵成の展開が可笑しいったらない。この一篇が楽しめたなら、他の十一篇もお茶の子さいさい。物語に翻弄されるマゾヒスティックな喜びに浸れるはずだ。

[レビュアー] 豊崎由美(書評家)
※「週刊新潮」2016年10月6日号 掲載

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最終更新:10/17(月) 8:00

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