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10年間の介護、早期退職、邦人巡礼者たちの背負うもの

Wedge 2016/10/17(月) 12:35配信

素敵な日本人の老夫婦

 6月25日 ビジャフランカ・デル・ビエルソに向かう途中はなだらかな起伏が続いて巡礼道の両側には葡萄畑が広がっている。歩いていると前方にカップルが見えてきた。数日前に道端のカフェで挨拶した日本人の夫婦であった。

確かご主人が72歳、奥様が69歳で夫婦共通の趣味が山歩きとテニスだと聞いた。日本人にしては二人とも長身でご主人が185センチくらい、奥様も170センチ近い。登山用のシャツやスラックスがぴしっと決まっていて、お2人とも背筋を伸ばして軽快に歩いている。おニ人とも若々しく登山用品の広告のモデルのようである。

 ご主人は5年前に完全に仕事を辞めたというが話していると有能な経営者のような雰囲気である。前回二人にカフェで会った時に、偶然顔見知りのカナダの高校の女性教師が通りかかった。そのときカナダの女性がお2人に挨拶したら、ご主人が英語で挨拶を返して会話をした。流暢ではないが正確な文法の英語であった。外国人と礼儀正しく会話を楽しんでいるダンディーな日本人の先輩を見てなぜか嬉しく誇りに思った。

 海外で見かける邦人中高年諸氏は概してだんまりを決め込んでいて自分から外人に話しかけるようなオープンマインドの持ち主にはほとんど会ったことがなかったからである。

サンチアゴ巡礼は人生の総決算

 そんなことを思い出しているうちに二人に追いついた。挨拶して一緒に歩いていたら藤棚のような木陰の下にテーブルとベンチがあったので3人で休憩することにした。「退職後夫婦仲良く悠々自適に海外旅行したり山歩きをしたりして本当にお幸せですね。羨ましいですよ。」と私が言うと奥様が意外な言葉を洩らした。

 「そんなことないですよ。実はもう10年くらい山歩きはしていないんです。両方の両親の介護でそれどころではありませんでした。昨年義母を見送ってやっと介護を卒業することができたんですよ。」

 ご主人が続けた、「介護がやっと終わったと思ったら自分たちも結構な年になっていたというわけですよ。10年間も介護の生活が続くなんて想像もしていませんでしたよ。二人の人生設計も大きく狂ってしまいました。それで今年の年初めに二人で話し合って、この先何があるか分からないから“人生の総決算”としてサンチアゴ巡礼をしようと決めたんですよ。」

 「そうなんです。だからサンチアゴ・デ・コンポステーラに到着したら私たちの人生の総決算になるんです。そこが人生の区切りです。そのあとのことは分かりません。でも、サンチアゴで区切りをつけたら、なにか次の新しい人生が見えてくると信じています。」と奥様が言うとご主人は黙って深く頷いた。

 私は言葉を失った。一見するとTVのCMに出てきそうな素敵なご夫婦が人生を狂わせるような過酷な介護の10年を過ごしてきたという。身内の介護には他人には推し量れないような苦労、苦悩があったのだろうか。心の中で二人のサンチアゴ巡礼成就を祈念した。

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最終更新:2016/10/17(月) 12:35

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