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ついに定まった一群の人々による「改憲への照準」――シリーズ【草の根保守の蠢動30回】

HARBOR BUSINESS Online 10/17(月) 9:10配信

 夏の参院選の結果、所謂「改憲勢力」が国会で2/3を占めることとなり、憲法改正が一挙に現実味を増してきた。今国会ではいみじくも安倍首相が「改憲にリアリティが出てきた」とさえ答弁している。

 昨年2月に始まった本連載の冒頭は、自民党憲法改正推進本部長・船田元(当時)と、安倍首相との会談のシーンから始まる。あの時、船田元は「憲法改正案原案の提示は2016年夏の参院選前ではなく、選挙後になる」という見通しを語った。まさに1年前の予告通りに、自民党政権は改憲への道を突き進んでいるのだ。

 船田はこの前後に極めて興味深い発言をしている。「憲法9条では国論が2分する。まずは変えやすいところから」という、おなじみの「お試し改憲論」に始まり、その「お試し改憲」についても「環境権や緊急事態条項など、国民の合意を得やすいところから」と、具体的に踏み込んだ発言をしているのだ。このうち、「環境権」は自民党と連立を組む公明党へ配慮したものだろう。公明党の掲げる「加憲論」では常にこの「環境権」なるものが前面に押し出されている。「緊急事態条項」については、東日本大地震の記憶がまだ鮮明である中で、国民的合意を取り付けやすいという計算から言及されるものであろう。

 こうした自民党を代表とする改憲勢力の言動に対し、護憲勢力側も敏感に反応している。昨年の安保法制議論では、「9条を守れ」の掛け声が高まった。また、改憲勢力側の主張する緊急事態条項の危険性について訴える言説も大量に流れた。

 しかし果たしてこの議論、噛み合っているのだろうか?

 なにも、「護憲側は9条を守れというお題目を唱えれば改憲を阻止できるという思考に凝り固まっている」と揶揄したいのではない。議論がかみ合っていないのは、改憲勢力側もだ。どうも、改憲への賛否を問わず、改憲議論に参加する人々の焦点がずれているように見えて仕方ない。

 月刊誌『正論』4月号は、興味深い特集が組んだ。題して「緊急大アンケート!緊急事態条項か9条か、それとも…論客58人に聞く 初の憲法改正へ、これが焦点だ」。まるで憲法改正が規定路線であるかのようなタイトルを、参院選の数ヶ月前につけていることも注目に値するが、何よりも、このアンケートへの回答がすこぶる興味深い。

 このアンケートに答えたのは、江崎道朗、大原康男、ケント・ギルバート、櫻井よしこ、八木秀次、渡部昇一などなど、おなじみの保守論壇人総勢58名。4月号の正論は3月初頭に発売されている。3月初頭発売の月刊誌だから、アンケートが実施されたのは、2月のことだろう。つまり、58人の保守論壇人は、参院選半年前の2016年2月の情勢を踏まえて、回答しているわけだ。

 58人のうち圧倒的大多数の回答は、「9条を改正すべし」もしくは「全文を改正すべし」のいずれかで足並みが揃っている。当然の事だろう。戦後このかた、改憲議論といえばこの2点が焦点であったのだから。回答者はそうした議論の流れを改めて踏まえて見せたに過ぎない。

 だが、二人だけ変わった回答をしている人物がいる。

 高橋史朗と百地章だ。もうこの2人に関する説明は、本連載の読者には必要ないだろう。高橋も百地も日本会議の本体であり、我が国の右傾化運動を40年以上の年月に渡ってリードしてきた「生長の家学生運動」出身者たちのグループ=一群の人々=の中核メンバーだ。両名ともに、生長の家学生運動出身者として、現在も日本青年協議会の幹部として活動している。いわば同じセクトの仲間。左翼で言えば、学生運動出身者が大学卒業後も、中核派や革マル派に所属したまま大学教授をやっている事例と全く同じだ。

 同じセクトの仲間である以上、彼らの意見が別れることは考え難い。しかし、高橋と百地、『正論』4月号アンケートには、全く違う回答を寄せているのだ。

 まずは百地。百地はアンケート回答文の中で、“国民多数の賛成が得られそうだから“”緊急事態条項を最優先すべき”と明確に言い切っている。この見解は、本稿冒頭で引用した船田元の発言に垣間見れる、自由民主党の改憲戦略と綺麗に軌を一にしていると言えるだろう。さすがは、自民党政権お抱えの憲法学者と言ったところだろう。

 一方の高橋。高橋の回答文はもはや「エキセントリック」としか言いようがない。エキセントリックであるものの、極めて重要であるため、全文引用する

“憲法第二四条の草案は、ミルズ・カレッジを卒業後、アメリカの戦時情報局で、対日心理戦略プロパガンダの放送台本を書いていた二十二歳のベアテ・シロタ・ゴードンによって作成された。

 世界の憲法でこの規定に近いものは皆無であり、ソ連やポーランドなど共産主義国の憲法だけが同様の規定を設けているにすぎない。

 日本の男女の関係や家制度などについての固定観念(WGIPの土台となった論文や報告書の思想的影響を受けた)や偏見に基いて作成された憲法第二四条は根本的に見直す必要がある。

 しかも、同条の成立過程を検証すると、日本側は次々に反論したが、GHQのケーディス民政局次長がその議論を巧みに封殺して押し付けたことが明らかになっている。こうした事実を踏まえた改正論議が求められる”

 高橋は、9条でも緊急事態条項でもなく

“婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。”

と定めた、憲法24条を改正しろと主張しているのだ。

 24条改正を叫ぶ高橋。あくまでも緊急事態条項にこだわる百地。――これは不思議な事ではないか。同じセクトの構成員ながら完全に意見が食い違っている。「一群の人々」は彼らが学生運動の闘士であった時代から、一致団結して様々な政治運動に従事してきた。本連載で振り返った元号法制化運動しかり、国旗国歌法しかり、男女共同参画事業反対しかり。彼らは常に団結していた。量的にだけでなく質的にも劣悪な人材を擁するしかない彼らにとって、団結だけが戦略的資源だったとも言える。にもかかわらず、高橋と百地の言うことが食い違っている。しかも彼らの長年の夢であった「憲法改正」と言う一大事を前にして主張が食い違っているのだ。

 当然、彼らがこの食い違いを放置するはずがない。彼らの40年にわたる運動歴を振り返ると、こうした意見の相違は、必ず解消されてきた。問題は、意見の相違がどの方向で収斂するかだ。

『正論』4月号が発売された3月初頭から七か月。この間『正論』のみならず『WiLL』そして日本青年協議会の機関誌『祖国と青年』など、彼ら一群の人々が根城とする言論誌は、毎号毎号、改憲議論に言及し続けてきた。また、参院選以降は一般紙や一般月刊誌まで、改憲議論に関する論考を載せるようになった。そうした記事には高橋も百地も、数多く登場している。この七ヶ月間の高橋と百地の言説を観察し続けると、「意見の食い違い」が徐々に収斂されていることが見て取れる。

 その集大成とも言える記事が、先日、『朝日新聞』に掲出された「(憲法を考える)家族の助け合いとは 枝元なほみさん、百地章さん、樋口恵子さん」と言うインタビュー記事だろう。

 このインタビュー記事で、百地は、「日本は伝統的に祖先を大事にしてきました。絶対的な神よりも祖先を崇拝し、心のよりどころにすることが、道徳的な規範の一つにもなっていました」とした上で、「憲法に家族を規定すれば、(夫婦別姓などの)家族解体の運動を食い止めることができるのではないでしょうか」と言っている。さらには、「戦前の家制度の復活につながるという指摘もありますが、「戸主」の復活ではありません。伝統的家族の良さを見直そうということです。憲法24条にある「両性の合意のみ」の「のみ」は、結婚に対する戸主の同意を排除した規定です。」と、髙橋が『正論』4月号で展開したロジックと極めて似通ったロジックで、24条改正を主張してみせているのだ。

◆本丸は24条

 つまり……。髙橋の意見に、「一群の人々」の意見は収斂されたのだ。彼らは24条に改憲の目標を定めた。

 もうすでに我々は知っている。「元号法制化運動」が成功した70年代後半以降、「一群の人々」こそが、日本の右傾化運動の中核であったことを。そして彼らの多岐にわたる運動が、極めて高い確率で成功裡に終わっていることを。

 こうした彼らの来歴と実績を踏まえれば、今後の改憲運動が、「憲法9条」でも「緊急事態条項」でもなく、「24条改正」こそを中心として展開されていくのではないか?と予測するのが自然ではないか。

 その萌芽はすでにある。

 安倍首相は10月5日、参院予算委員会で「家族について憲法でどのような位置付けをするか議論されてしかるべきだ」と答弁している。(参照:『時事通信』2016年10月5日「憲法に家族位置付けを=衆院解散「適切に判断」-安倍首相・参院予算委」)

 高橋史朗や百地章の発言を読めばわかるように、彼らの「家族論」は、戦前の家族像や家制度を是認する時代錯誤の代物でしかない。しかしながらその主張が「家族を大切に」「親子の絆を」と言う曖昧模糊とした表現で包まれた時、果たしてその危険性に気づける人がどれだけいるだろうか?もっと踏み込んで言えば、倫理的な徳目としては否定し難い「家族」や「親子」などの言葉で憲法改正が語られれば、「平和のために9条を守ろう」と主張する人々の中からでさえ、賛同者が現れるのではないか?

 また、憲法改正が現実味を帯びたことを歓迎する改憲派の中にも、安倍政権とその取り巻きが狙う改憲が、9条でも緊急事態条項でもなく家族条項であることを知った時、改憲を支持できなくなる人々がいるのではないか?

◆「議論の噛み合わなさ」の正体

 これが冒頭で指摘した、「議論の噛み合わなさ」の正体だ。護憲派も改憲派も「9条」と「緊急事態条項」に囚われすぎており、改憲勢力本体の狙いが、そこにはないことに気づいていない。反対運動もピントがずれていれば、賛成世論も焦点があっていないのだ。

 そんなことをよそに、改憲勢力本体は2/3議席を根拠として改憲手続きを前に進めていくだろう。そして、気づけば、戦前の家制度をよしとするような前近代的な憲法が出来上がってしまう……。

 そんな「誰も望まない未来」を出来させないためにも、今後ますます、日本会議=日本青年協議会界隈の改憲議論に、注視していく必要があろう。

<文/菅野完(Twitter ID:@noiehoie)写真/時事通信社>

※菅野完氏の連載、「草の根保守の蠢動」が待望の書籍化。連載時原稿に加筆し、『日本会議の研究』として扶桑社新書より発売中。また、週刊SPA!にて巻頭コラム「なんでこんなにアホなのか?」好評連載中。

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最終更新:10/17(月) 11:56

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