ここから本文です

SNSが「ファッションショーの常識」を覆した

東洋経済オンライン 10/18(火) 15:00配信

 ファッションブランドのトミーヒルフィガー(Tommy Hilfiger)は、40フィート(約12メートル)の観覧車、メリーゴーランド、ゲームや綿菓子の屋台などのセットを用意して、カーニバルをテーマにしたパーティー&ファッションショー「トミーピア」を催した。

この記事の写真を見る

 このショーは、インスタグラムのファッションインフルエンサーのファンタジーとして、多いに話題を振り撒いたことだろう。

 マンハッタンシーポートで、9月9日に行われた本イベント。隣接する桟橋を人々で埋め尽くすため、2000枚のチケットが配布された。その半数は、一般人向けに配布されたものだという。ファッションショーの一般人招待枠としては、最大規模だ。2015年の秋、ジバンシーが用意したチケットは800枚だった。

■ブランドの世界観全体をどう伝えるか? 

 イベントの目玉はモデルのジジ・ハディット。ランウェイ上で「Tommy x Gigi」ブランド向けに、彼女の手掛けるはじめての衣服コレクションを披露した。その様子はTommy.comとVogue.comでライブ配信され、その晩には、同コレクションのオンライン販売と店舗販売が開始されている。

 トミーピアの「Tommy x Gigi」は、華やかで大衆向けのスタイルで溢れていた。その後、9月末に発表された、同ブランドの別コレクションとは、まさに正反対の印象だったという。それは、女性向け既製服の春コレクションだった。

 「現在、デザイナーたちはブランド構築を迫られている」と、ニューヨークファッションウィークの制作会社、LDJプロダクションズのオーナー、ローリー・デジョン氏はいう。「衣服の色や形だけを手掛ける時代は終わり、ブランドの世界観全体を考えなくてはならない。伝統のあるランウェイショーは、多くのファッションデザイナーたちにその役割を任せている」。

トミーヒルフィガーのアプローチ

 今回のファッションウィークに対するトミーヒルフィガーのアプローチは、ブランドの二面性、ソーシャルメディアや、目にしたものをすぐに買いに走る大量消費時代によるプレッシャーに迫られた対応だ。現在、ファッションショーは、非常に異なる2つのグループに属する人々へ異なるものを提供しなければならない。それは、一般大衆向けのエンターテインメントおよびエンゲージメントのソースであることであり、同時に、批評をしてくれるバイヤーやプレスのために、包括的な新製品コレクションでもあることだ。

 今シーズン、デザイナーたちはコレクションを、パーティーで、カーニバルで、従来のキャットウォーク上でどのように披露するのか、そしてそれは誰に対するものか、顧客なのか、それともバイヤーなのか、決断しなければならなかった。何が一番効果的なのかの確認をブランドは急いでいることから、それらの判断の重要性は明らかである。

 「ガイダンスや第一人者の見解などがあれはいいのだが。いまはまったくパニック状態にある」とDKNY(ダナ・キャラン・ニューヨーク)でグローバルコミュニケーションのバイスプレジデントをかつて務めた、アリザ・リヒト氏は語る。

■パブリシティ向けの派手なイベント

 ファッションショーの目的は、ソーシャルメディアによって、まったく変わってしまった。結果、デザイナーたちは新作コレクション発表の際、誰でも参加できるようなイベントに注力している。かつてはシンプルで、そうではなかったのだが。

 2016年1月、CFDA(アメリカファッション協議会)はボストンコンサルティングエージェンシーと提携し、ニューヨークファッションウィークの目的を評価することにした。同報告書はほとんど要領を得ないものであったが、CFDAは、その当初の目的が何であったかをあらためて提示した。つまり、「デザイナーたちはコレクションを紹介し、プレスはそのコレクションを評価し、バイヤーは発注すること」だ。

 しかし、状況は変化してきている。テクノロジーによってファッションショーが数百万のユーザーの目にされるようになった。ライブ配信、インスタグラム投稿、スナップチャット投稿が、いままで閉鎖的だったショーの扉を吹き飛ばしたのだ。

 「かつてはトレードイベントだったのが、現在はリアルタイムで大衆の前に出ている。それが盛り上がりを強めている」と、CFDAのプレジデント、スティーブン・コルブ氏はその報告書で述べている。

1/3ページ

最終更新:10/18(火) 16:30

東洋経済オンライン

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。