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ザ・リングマスターは未完のプロジェクト――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第203回(1995年編)

週刊SPA! 10/18(火) 9:10配信

 スティーブ・オースチンがWWEと正式契約を交わしたのは1995年12月。

 オースチンはテキサス州ダラスで“ジェントルマン”クリス・アダムスからレスリングの指導を受け、1989年12月、ダラスWCCWとテネシーUSWAが合併した直後のダラスUSWA(ジェリー・ジャレット代表)でデビューした。

 1991年5月、WCWのエグゼクティブ・プロデューサーだったダスティ・ローデスのブッキングで同団体と契約。WCWには約4年間在籍したが、1995年6月、日本をツアー中(新日本プロレス)に上腕三頭筋を負傷し故障者リスト入り。そのままWCWを解雇された。オースチンをクビにしたのはエリック・ビショフ副社長(当時)だった。

 フリーエージェントとなったオースチンは、ポール・ヘイメンECWプロデューサーの誘いでフィラデルフィアのインディー団体ECW(エクストリーム・チャンピオンシップ・レスリング)にやって来た。

 当時のECWの主力メンバーはサブゥー、レイヴェン、サンドマン、カクタス・ジャック(ミック・フォーリー)、タズ、パブリック・エネミー(ロッコー・ロック&ジョニー・グランジ)といったところで、3週間にいちどのペースで開催されるECWアリーナ定期戦が“カルト現象”を起こしていた。ECWがPPV路線に着手し、WWE、WCWに次ぐ第3団体としてのステータスを手に入れるのはそれから約2年後のことだ。

 オースチンはフリーの大物としてECWを“通過”していった。オースチンのケタはずれの潜在能力を見抜いていたヘイメンは、TVインタビューの内容も試合の組み立てもオースチンの自由な発想にゆだねた。

 ECWでのサーキットはほんの3カ月足らずだったが、オーチンがイエローのバンダナとイエローのTシャツ姿でハルク・ホーガンのモノマネをするシーンは、1990年代の“隠れたビンテージ映像”としていまも語り草になっている。

 WWEがオースチンのために用意していたキャラクターは“ザ・リングマスター”スティーブ・オースチンというものだった。リングマスターとは、読んで字のごとくレスリングのすべてを知り尽くしたリングのマスターというコンセプト。専属マネジャーには“ミリオンダラー・マン”テッド・デビアスがつき、WWEデビューと同時にデビアスの所持品だった豪華なミリオンダラー・ベルトが贈呈された。

 この時点でキャリア6年、31歳だったオースチンは、どちらかといえばニックネームをつけにくいタイプのレスラーだった。その独特のリズム感、技と技を連鎖的につなげていくタイミングは天才的といわれていたが、それはあくまでもプロフェッショナルの目でみた場合の評価であって、一般のテレビ視聴者には伝わりづらい“間”と“呼吸”のたぐいだった。リングマスターというキャラクターは、どちらかといえば苦肉の策といってよかった。

 オースチンがTVマッチにデビューしたのは12.17PPV“イン・ユア・ハウス5”ハーシー大会の翌日に開催された12.18デラウェア州ニューアーク大会。12月18日(生中継)、1996年1月1日、同1月8日、1月15日の4週オンエア分のタメ撮りがおこなわれたTVテーピングでオースチンは1月8日、1月15日の2週分のTVマッチに出場した。

 1月8日オンエア分の“マンデーナイト・ロウ”では、まずマネジャーのT・デビアスがニューカマーとして“ザ・リングマスター”を紹介。1月15日オンエア分では、ルーキー時代のマット・ハーディーをデビアス譲りのミリオンダラー・ドリーム(変形スリーパーホールド)で下した。

 翌日、12.19ペンシルベニア州ベスレーム大会でシンディケーション番組“WWEスーパースターズ”の録画収録に登場したオースチンは、同番組1月20日オンエア分でスコット・テイラー(のちのスコッティ・2・ホッティ)を一蹴。2日間の集中TVテーピングで2番組3セグメント、計18分に出演した。

 WCW在籍時代にブロンドのストレートだった髪は、短めのクルーカットにモデルチェンジされていたが、リングマスターなるキャラクラーはやはり未完のコンセプトだった。オースチンがやがてトレードマークとなるスキンヘッドに変身するのはさらに3カ月後のことだった。(つづく)

※この連載は月~金で毎日更新されます

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

※斎藤文彦さんへの質問メールは、こちら(https://nikkan-spa.jp/inquiry)に! 件名に「フミ斎藤のプロレス講座」と書いたうえで、お送りください。

日刊SPA!

最終更新:10/18(火) 9:10

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