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初の豪華客船建造で「2400億円」巨額損失、三菱重工「改革派」社長の誤算なぜ?

NIKKEI STYLE 10/19(水) 13:10配信

再発防止へ事業リスクマネジメント強化

 三菱重工業が「祖業」である造船事業の改革に乗り出す。巨額損失を計上した大型客船の受注は当面凍結。液化天然ガス(LNG)船や貨物船などの設計・開発部門については分社を検討する。宮永俊一社長は18日の記者会見で、「事業部門任せになっていた」と反省の弁を述べ、本社部門でのリスクマネジメントの機能不全を指摘。さらに「事業所(工場)の独立性が高かったと反省している。高いプライド、それ故の閉鎖性があった」と語り、組織風土にも原因があったとの認識を示した。事業所・事業部門の改革は同社にとって長年の課題。その根深さが浮き彫りになった格好だ。

 米系クルーズ会社から受注した大型客船建造をめぐり、約2400億円の損失を計上した原因について検証した社内評価委員会の結果を公表した。評価委は直接の原因として、事業部門の未経験の新規案件に対する認識不足、プロジェクト運営の能力不足をあげると同時に、トップマネジメントや本社部門の事業リスク管理の不十分さを指摘した。

 三菱重工はあわせて事業のリスク管理の強化方針を公表。製品事業数の多さと個別事業の専門性の高さにより、「個別案件の意思決定が事業部門任せに陥りやすい」と分析、「意思決定プロセスの革新」が必要とした。

■歴代社長は「改革派」ぞろい

 「巨艦」とも称される同社は保守的なイメージが強いが、歴代社長はいずれもそろって「改革派」だ。「ミスターコストダウン」として知られる相川賢太郎氏(社長在任1989年6月~95年6月)は生産現場の徹底したコスト管理でトヨタ自動車に次ぐ高収益を実現した。西岡喬氏(99年6月~2003年6月)は、行き過ぎたコスト削減の弊害を克服するための技術力強化に努めるとともに、それまでの「自前主義」を返上して、社外との提携や事業統合に取り組んだ。

 佃和夫氏(03年6月~08年3月)は「事業所最適から事業最適へ」という構造改革を推進。同社創立の地となった長崎造船所(長崎市)の所長ポストをそれまでの取締役から格下げしたのは象徴的だ。大宮英明氏(08年4月~13年3月)は事業の権限をすべて事業所から本社の事業本部に移して一元管理する半世紀ぶりの抜本的な機構改革を断行した。

 歴代社長の取り組みからも分かるように、同社の経営改革で常に課題となってきたのが事業所の在り方だ。三菱重工は戦後の財閥解体で地域別に3分割された後、1964年に再合併した経緯がある。その名残で各事業所が強い権限を持ち続けため、本社主導による意思決定や収益管理といったような、ほかの会社では当然の経営ができなかった。

 長年の取り組みで改革が進んできたはずだが、今回の検証で、製品の専門性の高さから、事業部門に意思決定を委ねてしまいがちな縦割り組織の弊害が改めて明らかになったといえる。

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最終更新:10/20(木) 10:00

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