ここから本文です

口コミビジネスの時代 --- 岡本 裕明

アゴラ 10/19(水) 16:31配信

ビジネスにおいて宣伝広告は重要な戦略です。かつて、その戦略は広告代理店などに高いお金を払い、お任せにすることが多かったと思います。彼らの作るコピーや宣伝は洗練され、広告そのものが一つの芸術となることもしばしばあります。糸井重里氏のコピーなどはいつ見てもうーん、うまいと思います。

私がバンクーバーでコンドミニアムを作って売っていた頃も広告宣伝をずいぶん派手にやった時代があります。予算を億円単位で持っていますからどこにどう配分するか、鉛筆のなめ方で如何様にもなります。が、ある時、ふと気が付いたことがあります。高額の宣伝費を使って効果があるのは人を呼び寄せる効果で、そこから成約に結び付けるかどうかは別問題だと。

仮に成約率が1%だとします。つまり、100人のお客さんが来て、一人、契約してもらえる場合です。(不動産は千三つ商売です。)広告費をふんだんに使い、1000人来てもらえれば10人契約してもらえることになります。が、「ふんだん」とはいくらなのか、ここが数理的に導き出せないのであります。そこで私はむやみやたらに人に来てもらうのではなく、成約率を引き上げる為に欲しくなる商品を作る、という戦略に切り替えました。

欲しくなるもの、といっても価格戦略なのか、様々な新アイディアを投入するのか、共有スペースに面白いものを作り出すのがよいのか、それこそNo Ideaです。熟考の末、私が至った結論はすでに住んでいるお客さんから「いいよね、住んでよかったよね」と発信してもらうことに努めたのです。97年ごろですからフェイスブックのはるか前です。そのためにコンドの住民のためにBBQを開催したり当時所有していたホテルとの双方向サービスなどでコミュニケーションを取り続け、セールスマネージャーにはこれから買う客より売った客とのコミュニケーションにより時間を割かせました。そこから引き出された住民のコメントを購入を検討している客にぶつけたのです。

これはたいそう効果的でした。友達が友達を呼ぶのです。一人のお客さんの輪が3人にも4人にもなるのです。

こうなってくると広告宣伝は徐々に減っていきます。プロジェクトの第6期目は遂に新聞などへの広告を一度も打ち込まずに口コミだけで3か月で完売に至ったのです。

「客寄せパンダ」という言葉があります。何が何でも人が集まるようにすることですが、ビジネスの基本はそこでいくら落としてくれるか、であります。アップルのティムクックCEOはラインアップばかり増やすより少数の製品に会社の持てる力を注ぎ込むということを述べていますが、広告宣伝も群がる客より最後、買ってもらってなんぼ、の世界です。

新しいレストランに行くとき、コメントやレビューを見るようにしています。そこにはレストランのウェブサイトからは読み取れない生々しい声が満載されています。これが美味しかったとか、混んでいて店員がつかまらなかったなどなるほど、判断材料になる情報が多く、やっぱりやめようか、と思うこともしばしばです。

中国人の爆買いが変わった、と報じている日経の記事は訪日中国人が口コミ、インスタグラム、カスタマーレビュー、個人ブログなどその製品とかかわった人の生の声で判断しているとしています。

となれば芸術作品ともいえる美しい広告写真とその上に飾られる覚えやすいコピーより民の声が販売を左右する時代になったともいえるでしょう。SNSの広がりが作り出した結果であります。一昔前、バンクーバーのある知人が美味しい店を次々紹介する個人ブログをされていて、多くの私の友人はその紹介内容を見て、「あそこ行った?」と話していました。今はフェイスブックなどで○○さん、あそこ行ったんだって、ということが一種の宣伝効果となりました。

商売の仕方も時代とともに変わるようですが、最後、財布のひもを握っているのは消費者です。欲しいと思わせるかどうか、これが世の常であることはずっと変わりません。

では今日はこのぐらいで。 

岡本裕明 ブログ外から見る日本、見られる日本人(http://blog.livedoor.jp/fromvancouver/) 10月18日付より

岡本 裕明

最終更新:10/19(水) 16:31

アゴラ

記事提供社からのご案内(外部サイト)

アゴラ-言論プラットフォーム

アゴラ研究所

毎日更新

無料

経済、ビジネス、情報通信、メディアなどをテーマに、専門家が実名で発言することで政策担当者、ジャーナリスト、一般市民との交流をはかる言論プラットフォーム

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。