ここから本文です

デキる人は「無茶ぶりへの対応」に秀でている

東洋経済オンライン 10/19(水) 8:00配信

お笑いの世界では、唐突に話題を振ってその人の慌てぶりを見て楽しむ「無茶ぶり」ですが、仕事で上司からの無茶ぶりは正直笑えないものも……。長いキャリアを生き残るための“無茶ぶり対応”についてこの記事では考えます。

■無茶ぶりは、成長の糧か脱落への落とし穴か? 

 私が外資系コンサルティング会社に転職して2日目。入社オリエンテーションが終わって携帯電話が配られました。

 「上司からの伝言が入っていると思うので聞いてみてください」と言われ、確認すると、「明日はA社(お客様企業名)に9時に行って、Bさんと会ってください」とのこと。

 行ってみるとお客様との会議がセットされていて、「明後日の役員会議までにプロジェクト進捗と提言をまとめておいて。これ今までのプロジェクト資料ね」と分厚いキングファイル3冊をどさっと渡されました。「ミッションインポッシブルの世界か……」と思ったのがコンサルタントとしてのキャリアのスタートでした。こんな無茶ぶりとも思える洗礼はコンサルティング業界では珍しい話ではありませんが、人によっては心が折れてしまう人もいます。

 無茶ぶりかどうかは、仕事そのものの内容に加え、振られたほうのスキルや時間資源などのキャパシティによって決まるので、何をもって無茶というのかは一概には言えませんが、ひとつ言えることは、無茶ぶりをうまくさばけた人は、「自分はその仕事で鍛えられた」という人が多く、無茶を無茶ではないと感じるレベルに自分が成長したと感じています。

無茶ぶりの典型例

 ただし、これは生存者バイアスが働いていることに注意が必要です。生存者バイアスとは競争や淘汰に生き残った人の意見が正しいものとして、前面に出ることをいいます。無茶ぶりを受けて苦しみ、失敗している人もその陰に、むしろ生存者より数多くいるでしょう。ひどい場合にはキャリアに大きく影響してきます。小さな無茶ぶりから、大きな無茶ぶりまでいろいろありますが、まずはどんな無茶ぶりがあるのかを見てみましょう。

■その無茶ぶりはどこからきているのか? 

 まず無茶ぶりをする上司の立場から典型的なものをあげてみます。

 ①ノータッチでパスする無茶ぶり

 本来は、仕事の目的や意味、優先順位を判断して、しかるべきメンバーにアサインするのがマネジメントの仕事。しかし、それをせずに、自部門に来た仕事の必要性をあまり吟味せずに部下にまる投げするというタイプの無茶ぶり、これがけっこうあります。緊急度、重要度、必然性などを判断しないため、突然「明日までにお願い」「なるはやで」など、仕事の期日設定に無理が多くなることがその特徴です。

 外資系だと、直属の上司だけでなく、グローバルの本社からも指示がくることが多かったのですが、上司がボールを無条件でノータッチパスする人か、不要と判断すれば相手に投げ返してくれる人かで、当たり前ですがその下で働く人の“幸福度”はかなり違っていました。

 ②慣行・カルチャーによる無茶ぶり

 業務上、絶対に必要であるかどうかはあまり関係なく、「自分もこうされてきた」「これをさばけて一人前」「わが社の社風」として横行する無茶ぶりです。

 管理職はその企業内での淘汰の中、生き残ってきた人であるため、生存者バイアスがかなり働いています。もちろん、一見無駄に思えることにもそれを通じて学び取ってほしいことがあるので、すべてが無駄というわけではありませんが、世代間ギャップも大きくなってきている今、この手の無茶ぶりはかなり受け入れられにくくなってきています。マネジメント個人ではなく、組織的にその無茶ぶりが肯定されているため、逃げ道が少なく、対応できないと「使えない人材」認定されやすいという特徴があります。

 ③成長を期待した無茶ぶり

 期待する部下に対して、あえて能力を超える仕事にチャレンジさせて早く引っ張り上げることを目的としたもので、外資系では「ストレッチアサインメント」と呼ばれます。正確にいえば無茶ぶりではありませんが、振り方によっては本人が無茶と感じる可能性があります。

 仕事やアサインメントの意味や期待を本人にきちんと伝えておかないと、仕事のプレッシャーや周囲からの反発などでつぶれてしまうリスクもあるため、どうサポートするかをあらかじめ決めておくことが多いのが特徴です。とりあえず「彼/彼女ならできそう」と難しい仕事を投げるだけでは、せっかくの優秀な人材を失うことになってしまうので、綿密に練られている必要があります。

1/4ページ

最終更新:10/19(水) 8:00

東洋経済オンライン

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。