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原千晶、「正面から向き合えなかった」重篤化させてしまった子宮頸部がん がんに打ち克った4人の著名人(4)

デイリー新潮 10/19(水) 11:30配信

 情報番組「ひるおび!」(TBS系)のレギュラーコメンテーター・原千晶さん(42)は、手術を勧めてくれる人の意見を聞かず、がんを深刻なものへ重篤化させてしまった苦い経験をもつ。

 原さんが、最初にがん宣告を受けたのは、05年3月のことである。

 生理時の腹痛、おりものの多さなどが心配で大学病院を受診。子宮頸部に腫瘍が見つかり、切除して調べたところ、がんと判明したのだ。しかも医師は命を優先するために、子宮全摘を勧めたという。

「がんは全然予想していなかったし、子どもを産めなくなるのが何よりショックでした。涙が溢れ、手から冷たい汗が吹き出して、その手を、実家のある北海道から駆けつけてくれた母がぎゅっと握ってきたのを覚えています」

 凄まじい衝撃を受け、診察室を出た途端、過呼吸で倒れ、看護師が駆けつける事態になった。しかしその後、人と会う約束があり、彼女は自ら車を運転して目黒駅へ向かった。到着して運転を代わった母親は、別れ際、車内から必死の形相で叫ぶように言った。

「千晶ちゃんがいてくれなかったら、本当に、お母さん、困るんだからね!」

 だが、原さんはその声を振り切るようにして、足早に立ち去った。がんと認めたくない自分がいたという。

「当時は仕事も恋愛もうまくいっていなくて、そこにがん宣告が重なりました。手術で休んだら、仕事に影響する。子宮をとったら、彼が去って行くかもしれない。様々な思いが交錯し、自分を襲った運命があまりにも理不尽で……。病気のことに正面から向き合えなかったのです」

 医師に加え、両親や所属事務所社長など全員が手術を勧める中、結局、原さんはこれを拒否。毎月、診察を受けるということで、紛糾する話は決着した。

■「もう一度、テレビに出られるようにしてあげる」

 幸か不幸か、以降4年間は体調は良かった。また仕事が忙しくなり、3年目以降は診察を受けなくなっていた。もっとも、心配する母親には、「通院を続けている」と嘘をついていた。

 間もなく丸5年が経とうという09年12月、激烈な腹痛が彼女を襲った。

 手術を断った元主治医のもとには行けず、がん専門病院を受診すると、開口一番、こう言われた。

「あー、ダメだこりゃ。なんでこんなになるまで放っておいたの」

 腫瘍はより悪性度の高い子宮頸部腺がんに進行していた。宣告された手術は、広汎子宮全摘。子宮や卵巣、卵管、骨盤内の複数のリンパ節もとるという大がかりな手術が必要とされた。後に子宮体部類内膜腺がんステージ3Cであることも判明する。後悔と恐怖の念に打ちのめされた原さんだったが、それ以降、たくさんの人の優しさによって救われていくことになる。

 まず不義理をした元主治医の対応をお伝えしよう。がん専門病院で手術を受けるために、原さんがカルテを取りに行くと、その医師は何事もなかったかのように、こう語りかけてくれた。

「もう一度、テレビに出られるようにしてあげるから頑張ろう」

 結局、この元主治医に執刀してもらうことになった。

 心配をかけ続けた母親はどうか。一言も咎めず、冷静に、「すぐ行くから。大丈夫だから、待っていなさい」と北海道から上京した。

 そして数年前から交際を始めていた、1歳年上の彼も、彼女の心に寄り添った。

「いつも冷静に、同じ生活リズムでいてくれた。“検査結果を聞きに行きたくない”とごねていた私におにぎりを作ってくれたり。そんな彼にも救われました」

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最終更新:10/19(水) 12:47

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