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福岡で11歳児の国際交流が28年も続く理由

東洋経済オンライン 10/20(木) 6:00配信

 この夏も、アジア太平洋地域の44カ国・地域から、11歳の子ども227人をはじめ引率者など総勢303人が福岡へやって来た。彼らは海辺の宿泊所で国際交流や日本文化を体験したあと、同年代の子どもがいる県内の家庭に1週間ほどホームステイ。帰国の日、空港ではあちらこちらで別れを惜しむ子どもたちの涙が…。言葉がさほど通じない子ども同士でも、ほんの1週間でこんなに心通わせることができるのだ。そんな草の根の交流「アジア太平洋こども会議・イン福岡(APCC)」は、実に28年も続き、これまで訪れた人数は55か国・地域から1万人を超える。

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■アジア太平洋から集まる11歳の少年少女たち

 行政や学校単位で数カ国と交流するケースは多いが、これだけ多くの国・地域から、しかも11歳に限定してホームステイを受け入れる例はおそらくほかにないだろう。舞台裏を探るべく、主催する「NPO法人 アジア太平洋こども会議・イン福岡」の事務局を訪ねた。

 毎年夏に11歳の子どもたちを招聘するようになったのは、1989年のこと。福岡市政100周年を記念した「アジア太平洋博覧会」(アジア太平洋地域から37カ国・地域、国内1056企業・団体が参加)がきっかけだった。この事業に際して、福岡青年会議所(福岡JC)で「アジア太平洋地域の11歳の子ども1000人を招聘しよう」という話が持ち上がったという。福岡JCは、明るく豊かな社会を目指して活動する20~40歳の団体。完全なボランティアで、いきなり世界各国の子どもたち1000人を“子ども大使”として招待しようというのだから、無謀ともいえる大チャレンジだ。ほとんど前例がなく、実は外務省には反対されたという。

立ち上げまでの苦労とは

 当時はまだメールがなく、電話と郵便が一般的。まずは各国の行政機関などに招聘レターを送った。コンタクトを取ったのは中国、韓国、香港、シンガポール、タイ、オーストラリアなど比較的なじみのある国はもとより、フィジー、キリバス、ナウル、北マリアナ、マーシャルなど多様だ。返事がない場合は、JCスタッフが現地まで説明に赴いた。ロシア(当時はソビエト連邦)では怪しまれて尾行されたり、モンゴルへは中国経由で30時間かけて列車で行ったり…。

 また、行政や企業などに協賛を募りつつ、ホームステイの受け入れ家庭や運営ボランティアの確保にも奔走。そうして1989年の夏、35カ国・地域から1010名の子どもと引率者100人を招聘。ホームステイ中、事務局に電話を十数回線も引いて対応にあたったが、ホームシックへの対応からトイレの使い方、イスラム教の食事、お祈りまで、実にさまざまな相談やクレームの嵐だったという。とはいえ、大きなトラブルもなく、無事に終えることができた。

 当初は1度だけのつもりだった。だが、行政などから「来年もやってほしい」という声が多く、福岡JCの総会で続行が決定。翌年からは基本的に1カ国・地域から男女8人、ホームステイは一つの家庭に1人ずつと決め、毎年40~46カ国・地域から300~500人ほどを招聘。各国の現地窓口は文部省や教育省などさまざまで、これまで55カ国・地域から合計1万人以上を受け入れてきた。そして28年間でかかわったホストファミリーは7000家庭、市民ボランティア登録は約7500人に上る。運営主体は2002年にNPO法人となり、ボランティアや福岡JCを卒業した人たちがその後を支えた。

■福岡から海外へのホームステイも

 海外の子どもたちに福岡を知ってもらうだけでなく、福岡の子どもにも海外を経験してほしいと考え、1994年からは福岡の子どもが各国でホームステイする派遣事業をスタート。これまで38カ国・地域へ3744人を派遣した。単なるホームステイではなく、事前に皆で派遣国のことを調べたり、ソーラン節を練習して披露したり、現地の小学校に登校したり、文部省や大使館など公的機関を訪問できるのも、これまでAPCCが培ってきたネットワークがあってこそ。今春にブータンを訪れた15人は、なんと急きょ国王から王宮に招かれて、お茶を飲みながら交流したという幸運なエピソードもある。

 「派遣先で日本について聞かれたけど、何も答えられなかった」と嘆く子たちの声に応じて、2008年には育成事業「ウィングキッズ・プログラム」を開始。小学4~6年生30人が1年半かけて日本の歴史や文化を学び、国際交流プログラムを経験し、世界のリーダーとなることをめざしている。1998年には、こども大使として来福したOB・OGで構成する同窓会組織「ブリッジクラブ」を設立し社会奉仕や文化交流を展開。現在は40か国・地域に広がるネットワークを強化している。

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最終更新:10/20(木) 13:30

東洋経済オンライン

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

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北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。