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【国際プロレス伝】浜口平吾から「アニマル浜口」へ。ついに野獣誕生

webスポルティーバ 2/15(水) 11:31配信

【第3回】アニマル浜口が語る「国際プロレスとはなんだ?」

 国際プロレスに入団した浜口平吾(はまぐち・へいご)は、わずか1ヵ月でプロレスラーとしてデビューを飾った。しかし、結果はまさかの反則負け。「何も覚えていない。空前絶後の珍事」と振り返る。しかし、本人いわく「ド素人に毛が生えただけの新人」は、その後、国際プロレスで着実に地歩を固めていく。

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◆「アニマル」の名付け親・吉原功(3)

 本郷清吉、佐野浅太郎、村崎鬼三など若手レスラーとの前座試合を重ね、少しずつ頭角を現してきた浜口は、次第に上位カードに起用される機会を得られるようになった。

 すると、国際プロレス社長・吉原功(よしはら・いさお)からリングネームが贈られた。

”アニマル浜口“――。

 浜口はデビュー翌年の1970年から、リングネーム『アニマル浜口』としてリングに上がった。ストロング小林、サンダー杉山、グレート草津、ラッシャー木村、マイティ井上などと同じく、いかにも強そうな、カタカナのニックネーム+名字からなる国際プロレス流のリングネームだ。

「うれしかったですね。それまで『ミスター浜口』とか、『浜口兵庫』というリングネームもありましたけど、社長から直々にリングネームをいただけるとは」

 ナニワトレーニングセンター時代から浜口は”練習の虫”と言われ、国際プロレス入門後もとにかく練習に打ち込んできた。その量はプロレス界でも群を抜いていて、”アニマル”というリングネームは動物のように動き回るから、という説もある。

「たしかに、よく練習しましたね。バカがつくほど練習していましたから。『国際プロレスの道場をのぞくと、必ず浜口がいる』なんて言われて。吉原社長からは『なぜアニマルなのか?』という理由は聞いていませんが、僕は『野獣のように強く、勇猛であれ』という教えが込められている、と受け取っています。

『名は体を表す』といいますが、リングネームが”アニマル”になってから、僕はどんどん野獣になっていった。そして、今がある――。

 あれは1997年、フランスのクレルモン=フェランで行なわれた女子レスリング世界選手権。京子が初めて世界チャンピオンになった大会でした。最重量75kg級の準決勝戦、京子の相手は中国の劉東風選手。それまで世界選手権に5度出場し、すべて優勝している強敵で、劉選手に勝たないと優勝はない。その事実上の決勝戦ともいえるマットに上がる京子に叫んだんです。『野獣になれ!』とね。

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最終更新:2/15(水) 11:31

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